プティシアン(小型犬、超小型犬)のいびきの原因には、気管虚脱や肥満、アレルギーなどがあります。その中でも重篤になる危険性がある「気管虚脱」について、獣医師ライターが解説します。
気管虚脱は、薬を使う内科的治療では根本的な解決にはならず、手術でも思うように治すことができない『難治性の病気』と認識されていましたが、外科治療の進歩や成功率の向上により、現在では治せる病気となっています。
そのため、気管虚脱と診断された場合には、気管虚脱の手術を行える呼吸器専門病院でのセカンドオピニオンを受けることが理想的です。
プティシアンの咳やいびきを招く気管虚脱とは
気管虚脱とはどのような病気か、原因、なりやすい犬種、症状と診断について解説していきます。
気管虚脱はどのような病気か
気管虚脱の概要
気管は、鼻や口から吸い込んだ空気が、肺まで通るための、筒状の細長い管です。
気管の外側は、掃除機のホースのように、C字型の輪っかの形をした軟骨がいくつも連なっており、この軟骨により気管は筒状の形を維持しています。
通常、気管はノドから肺まで同じ太さであるのが正常です。
しかし、何らかの原因により、この軟骨が本来の形を保てなくなり、歪んだり、つぶれたりすることで、気管が筒状の形を保つことができなくなり、平たくつぶれて径が細くなってしまいます。
このように、気管が一部分または広い範囲でつぶれて変形(虚脱)してしまう病気が「気管虚脱」です。
原因となりやすい犬種
気管虚脱を発症する原因は、未だに詳しくはわかっていません。遺伝や肥満、加齢などが気管に何かしらの影響を及ぼしているのではないかといわれています。
また、吠えすぎ、首輪による圧迫、呼吸器系の持病などによっても、気管虚脱が引き起こされるようです。
気管虚脱はチワワ、マルチーズ、ヨークシャー・テリア、トイ・プードル、ポメラニアンなどの犬種で遺伝的になりやすいと考えられており、特にこれらの犬種の中高齢(7~8歳)で多いといわれています。
ただし、気管虚脱は日本犬の純粋種(柴犬など)や雑種、ゴールデン・レトリーバーや、ラブラドル・レトリーバーといった大型犬など、ほぼ全犬種にみられる病気です。
年齢も、ヨークシャー・テリアやポメラニアンなどの気管虚脱になりやすい犬種では若いうちから発症することがあり、生後6か月までに気管虚脱の症状が出たという報告もあります。
気管虚脱の症状と診断
症状
気管虚脱の初期症状は、次のようなものです。
- 喉につっかえるような咳(空咳)をする
- 水を飲んだ時にむせる
- 痰を吐こうとしているような仕草をする
- いびきをかく
ですが、初期の咳は気づかない場合が多く、病気の進行に伴い徐々にその回数が多くなってきたり、また一度の咳が長く続くようになってきたりします。
そして、「ゼイゼイ」と息が荒くなったり、ガチョウが鳴くような「ガーガー」や「グーグー」という、気管虚脱に特徴的な呼吸をするといった症状に移り変わるのです。
さらに、末期なるとかなり気管が狭くなり、「ヒューヒュー」「ゼーゼー」といった音が聞こえたり、舌が青紫に変色するチアノーゼが見られたり、呼吸がすごく苦しそうになったり、症状がひどくなると呼吸困難、失神、窒息に陥る場合もあります。
これらは、特に激しい運動をした後や興奮状態になったときに出やすいため、注意が必要です。
診断
気管虚脱は、主に症状や身体検査などから疑われ、基本的にレントゲン写真を撮影して、気管がつぶれて扁平化しているかどうか(気管虚脱の有無)を確認することにより診断されます。
さらに、症例にあわせた適切な治療をする上で、気管虚脱のグレード(重症度)の判断が重要です。
気管虚脱は重症度により、4つの段階に分類されます。
- グレード1…気管の直径の25%ほど潰れた状態
- グレード2…気管の25〜50%潰れた状態で、気管が部分的に平らになってくる
- グレード3…気管の50〜75%ほどが潰れてしまった状態で、気管がほぼ平らになる
- グレード4…気管の75%以上が潰れてしまった状態で、気管は内腔がほとんどなくなっていて空気が通りにくくなる
気管虚脱の治療法は、症状だけでなく、このグレードを考慮して決定されます。
気管虚脱の治療法について
次は、症状を軽くする目的で行う内科的治療と、つぶれた気管を広げる外科的治療について解説していきます。
気管虚脱の外科的治療は、手術の進歩や成功率の向上により、現在では治せる病気となってきています。このような新しい外科的治療についても紹介します。
内科的治療
軽度の咳など初期症状の場合には、薬で症状の緩和(内科的治療)をしながら、経過観察となるケースがほとんどです。
内科的治療の種類では、
- 咳止め
- 気管支拡張剤(気管より細い気管支を拡げる効果はあるが、気管は拡がらない)
- 去痰剤(からんだ痰を除去)
- 抗炎症剤(ステロイドなど)
- 酸素療法
- ネブライザー
があげられます。
ただし、内科的治療は、呼吸器の症状を軽くするためのもので、つぶれた気管を広げ、完治させるものではありません。
気管虚脱は進行性の病気のため、一時的に症状が緩和されたとしても、また悪化する可能性は非常に高いです。
症状が進行した場合には、外科的治療が必要になるケースもあります。
外科的治療
従来の外科治療法
気管虚脱の従来の手術方法は、大きく分けて2つあります。
1つ目は、外科手術で気管を露出させ、気管の外側に補強する器具を固定し、気管内腔の形状を整える方法です。
2つ目は、内視鏡やレントゲン透視下で、金属製のステントと呼ばれる拡張器具を気管内に挿入し、気管虚脱が認められる部分を内側から広げる「気管内ステント」という方法です。
「気管内ステント」は内視鏡やレントゲン透視下で行え、短時間で終わるため、比較的安全な方法と考えられており、海外では気管虚脱の治療として一般化されています。
しかし、食事の最中に誤ってご飯粒を一粒、気管の中に誤飲してしまっただけでも、激しい咳が出るほど気管は敏感です。
その敏感な気管内へ金属製のステントを入れることから、炎症性(細菌性)気管支炎などの合併症や咳が酷くなるなどの症状が多くの症例で報告されています。
また、設置後のステントの破損や移動などにも注意しなくてはなりません。このように、気管虚脱は術後に合併症が起きたり、手術でも思うように治すことができないため、『難治性の病気』と認識されていました。
新しい外科治療法
現在では、様々な動物病院が気管虚脱の手術法について試行錯誤した結果、手術の成功率も格段に向上し、気管虚脱は完治することが可能な病気となっているのです。
例えば、アトム動物病院動物呼吸器センターでは、PLLP (Parallel loop line prostheses)と呼ばれる、バインダーノートのクリップに形状が似た、気管の外側に設置する気管リングを開発し、約95%の高い手術成功率を誇っているそうです(残りの数%の多くは手遅れな状態だったとのこと)。
また、AMC末松どうぶつ病院では、気管外プロテーゼ(Continuous extraluminal tracheal prosthesis:CETP)という気管の外側にはめる器具が開発されています。
気管外プロテーゼは、気管に分節する血管と血管の間に設置することができ、手術による出血や神経の障害を抑えることが可能になり、手術の成功率が格段に向上したそうです。
さらに、このPLLPやCETPを用いた手術ができる動物病院が、各地で徐々に増えています。
気管虚脱を悪化させないためにオーナーさんが出来ること
ここでは、気管虚脱を早期発見し、悪化させないためにオーナーさんが出来ることについてお伝えします。
これまでに紹介してきた治療に加えて、愛犬のためにおうちでできることが沢山あるので、是非参考にしてください。
気管虚脱の兆候を見逃さない
気管虚脱はグレードの進行に伴い症状が進行する場合もあれば、ほとんど症状がないままグレード4まで進行し、手術さえ手遅れになるというケースも時々みられます。
そのようなケースでも、オーナーさんに聞くと、「昔、軽い咳が出ていたことがあった」と言うことが多々あります。
そのため、咳が出ていたらおかしいと思い、軽い咳や、ちょっとした空咳でも、きちんと動物病院を受診するようにしましょう。
また、いびきが出ることは異常ですので、その場合も早めの受診をオススメします。
気管虚脱の愛犬にオーナーさんができる悪化予防
愛犬を散歩させる時には、気管に圧力がかからないように首輪ではなく、ハーネスを使用するようにしましょう。
また、愛犬が太り気味であると、脂肪が気管を圧迫し、気管虚脱を助長してしまう可能性があります。
そのため、適正体重を維持するように食事の管理をきちんと行ってください。
さらに、気管虚脱の愛犬が快適に過ごすためには、部屋の空気を綺麗に保つことが大切です。
そのため、部屋がホコリっぽくならないように綺麗に掃除したり、空気清浄機を設置したり、エアコンのフィルターを定期的に交換するようにしましょう。
気管虚脱と診断されたら専門病院でのセカンドオピニオンを
今回は、プティシアンの咳やいびきの原因となる気管虚脱について解説しました。
気管虚脱では、軽度の初期症状には「内科治療しながら様子を見ましょう」となり、これが進行して中程度では「もう少し内科治療で頑張ってみましょう」、そして重症になり「もう治療法はありません」となるケースがよくあります。
また、気管虚脱の治療では、内科的治療が効かなくなってから外科手術を提案する動物病院が多いです。
しかし、その段階になると手術をしても完治しない場合や、気管支や心臓などその他の臓器まで悪化し、麻酔のリスクなどから手術が行えなくなっている場合があります。
ですので、気管虚脱と診断された場合には、気管虚脱の手術が行える呼吸器専門病院でのセカンドオピニオンを受けることが理想的です。